大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)184号 判決

原告

赤星智子

被告

松下法晴

主文

一  被告は、原告に対し、各自三二二万六、五五九円及びこのうちの二八七万六、五五九円に対する昭和五四年一〇月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の各請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その一を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自六二五万一、七七〇円及びこのうちの五七〇万一、七七〇円に対する昭和五四年一〇月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

被告松下法晴(以下「被告法晴」という。)が、昭和五四年一〇月一三日午後五時四五分ころ、自動二輸車(福岡み四四四三以下「加害車」という。)を運転して、福岡市西区西新七丁目一番一号先交差点を通過中、右交差点を徒歩で横断していた原告に衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  被告らの責任

(一) 被告法晴は、前記交差点を通過するに際し、前方を注視せずに高速度のまま漫然走行した過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告松下勇(以下「被告勇」という。)は、本件事故当時、被告法晴が運転していた加害車を保有し、自己のために運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 治療費 一万三、九二〇円

原告は、本件事故によつて外傷性左側頭葉脳挫傷血腫、右側頭骨々折、頭蓋底骨折、てんかんの傷害をうけ、昭和五四年一〇月一三日から同年一二月八日まで五七日間入院、同月九日から昭和五五年八月二三日まで通院して治療をし、その治療費合計は一七九万七、四六〇円であり、そのうち原告負担部分は一万三、九二〇円である。

(二) 入院付添費 八万一、〇〇〇円

原告の母が、本件事故当日である昭和五四年一〇月一三日から一一月八日までの二七日間にわたり、原告の看護のために必要な付添をしたが、その看護費は一日当り三、〇〇〇円計八万一〇〇〇円に相当する。

(三) 入院雑費 五万七、〇〇〇円

原告入院中の入院雑費は、一日当り一、〇〇〇円を下らない。

(四) 逸失利益 五〇七万四、六二六円

原告には、視力の低下、頭重感等の後遺障害、てんかん発症のおそれがあり、これにより労働能力の一四パーセントを喪失した。原告は、本件事故当時満二一歳の大学三年生であつたから、その就労可能年数は満二三歳から満六七歳までの四四年間、年間収入は二一六万九、二〇〇円(賃金センサス昭和五二年第一巻第一表による女子の大学卒業者の平均賃金)であるので、これを基礎としてライプニツツ式により中間利息を控除して(ライプニツツ係数は一七・六六-〇・九五)、その逸失利益は以下の通り算出される。

二一六万九、二〇〇円×(一七・六六-〇・九五)×〇・一四=五〇七万四、六二六円

(五) 慰藉料 二八〇万円

(1) 入通院慰藉料 一二〇万円

(2) 後遺症慰藉料 一六〇万円

(六) 弁護士費用 五五万円

原告は、被告らが本件損害について任意の支払いをしないので、本訴の提起及び遂行を本件訴訟代理人に委任し、勝訴の際は日弁連報酬規程に基づき相応の報酬を支払うことを約したが、そのうちの五五万円。

4  損害の填補

原告は、右損害のうち、自動車損害賠償責任保険から、後遺障害による給付金二〇九万円を含め、合計二三二万四、七七六円を受領した。

よつて、原告は、被告らに対し、各自右損害賠償金六二五万一、七七〇円及びこのうち弁護士費用を除くその余の損害賠償金五七〇万一、七七〇円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五四年一〇月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)(二)の事実は否認する。

3  同3(一)の事実中、被告が頭部骨折の傷をうけたこと、入通院したことは認め、その余は知らない。

4  同3(二)ないし(四)の事実は知らない。

5  同(五)及び(六)の事実は否認する。

6  同4の事実は認める。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故発生には、被告の、対面信号が赤の停止を示していたにもかかわらず小走りに交差点を横断しようとした過失も寄与しているから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

2  損害の填補

(一) 本件事故による治療費については、そのうち一七八万三、五四〇円が、自動車損害賠償責任保険等から支払われた。

(二) 本件事故による損害として、原告には、請求原因3(二)記載のもの以外にも、二四万八、二六七円の入院付添費が生じているところ、被告勇は、これを弁済した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2(一)の事実のうち、六〇万円が支払われたことは認め、その余は知らない。

3  同2(二)の事実は知らない。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

本件事故の発生については、当事者間に争いがない。

二  被告らの責任

1  被告法晴

成立に争いのない甲第六号証、乙第一号証の二ないし七、九、原告、被告法晴各本人尋問の結果を総合すれば、被告法晴には、本件事故のあつた交差点を通過する際、前方不注視、徐行義務違反の過失(その具体的な態様は、後記認定のとおり。)があり、それによつて本件事故が生じたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  被告勇

被告勇及び同法晴各本人尋問の結果を総合すれば、被告勇はは、加害車の所有者であつて、かつ、同被告が日常同居の子である被告法晴に許容していた運転は、いわば家族使用目的ともいうべき範囲内にあつたことが認められるので、被告勇は、加害車の運行供用者であつたと推認でき、右認定を左右する証拠はない。

三  損害

1  治療費

原告が、本件事故により頭部骨折の傷害を受け、入通院したことは、当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第二、三号証、同第四、五号証の各一、二、原告及び被告勇各本人尋問の結果を総合すれば、原告が、その主張のとおり受傷し、その主張のとおり入通院をして、治療を受けたこと、その治療費合計は、一七九万七、四六〇円を下らないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  入院付添費

(一)  原告及び被告勇各本人尋問の結果を総合すれば、原告の母が、本件事故の日の翌日である昭和五四年一〇月一四日から一一月八日までの二六日間にわたり、原告の看護のため必要な付添をしたことが認められ、右看護は一日当り三、〇〇〇円に相当すると認めるのが相当であるから、合計七万八、〇〇〇円の損害が認められる。

(二)  成立に争いのない乙第二、三号証の各一、二、同第四号証、同第五号証の一、二、原告、被告勇各本人尋問の結果を総合すれば、前記(一)の外、原告の本件事故による損害として、二四万八、二六七円を下らない入院付添費が生じていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  入院雑費

原告が、本件事故による傷害のため、五七日間入院したことは、前認定のとおりで、その間入院雑費として、少なくとも一日当り一、〇〇〇円、合計五万七、〇〇〇円を支出したことは、容易に推認されるところであり、右認定に反する被告勇本人尋問の結果は、これを採用しない。

4  逸失利益

前掲甲第三号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば原告には、請求原因3(四)記載の後遺症、てんかん発作発症のおそれがあることを認めることができ、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告の右後遺症等は、自動車損害賠償責任保険上、自動車損害賠償保障法施行令第二条別表後遺障害等級表第一二級第一二号該当の認定を受けていることが認められ、以上の事実を総合勘案するならば、原告は、その労働能力の一四パーセントを喪失したと認めるのが相当である。

そして、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告の就労可能年数、年間収入は、少なくとも請求原因3(四)記載のもの以上であると推認でき、右の額を基礎として前記労働能力喪失割合を乗じ、かつ、ライプニツツ式により中間利息を控除すると(ライプニツツ係数は一七・六六二七-一・八五九四=一五・八〇三三)、次の算式のとおり、原告の逸失利益は、四七九万九、二七二円と計算される。

二一六万九、二〇〇円×(一七・六六二七-一・八五九四)×〇・一四=四七九万九、二七二円(円未満切捨て)

四  過失相殺

1  前掲乙第一号証の四ないし七、九及び原告、被告法晴各本人尋問の結果を総合すれば、本件事故のあつた交差点は、福岡市中央区今川から同市早良区藤崎に向う、車道幅員一六・七メートル、北側歩道幅員三メートル、南側歩道幅員不詳の道路(国道二〇二号線)と、同区百道から同区昭代に向う、車道幅員五・三メートル、東側歩道(片側歩道)幅員一・七メートルの道路とが交わる交差点であるところ、原告には、右交差点を右今川から右藤崎方面に向つて横断するに際し、同交差点に信号機が設けられていることを知りながら、折柄ビル建築中で、工事用のシートが対面信号機をおおつていたため、対面信号の表示する信号を現認することができないのに、漫然横断できるものと軽信し、かつ、左右の安全を十分確認しないまま、同交差点の横断を開始した過失が認められる。

従つて、本件賠償額の算定にあたつては、原告の右過失をも考慮すべきである。

他方、前掲甲第六号証、乙第一号証の二ないし七、九及び原告、被告法晴各本人尋問の結果によれば、被告法晴は、本件事故当時、前記車道幅員五・三メートルの道路を前記百道方面から同昭代方面に向けて進行してきたが、前記交差点の手前約八〇メートルの地点で前方の信号機が青信号を示しているのを見て、制限速度三〇キロであるにもかかわらず、少くとも時速四〇キロメートルを超える速度で進行して右交差点に至り、前方約九メートルの位置に原告が道路横断しているのを発見したこと、しかし、同被告は、ハンドル操作のみで原告との衝突を回避できるものと軽信し、ハンドルを右に切つたのみで、従前の速度のまま進行を続けたが、間に合わず、加害車前部を原告に衝突させて、原告を六メートル強はね飛ばし、路上に転倒させたことを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

そこで、右にみた、原告、被告法晴双方の過失の程度及び本件事故発生に寄与した原因力の度合等をかれこれ斟酌すると、原告の損害に三割の過失相殺をするのが相当である。

2  前記三1認定の原告に生じた治療費のうち、健康保険から給付があつた部分については、健康保険制度の趣旨、目的、保険者の求償権取得の規定内容等からして、その全額を治療費合計額から控除するのみで足り、これを過失相殺の対象としないのが相当である。

そして、前掲中第四号証の二、第五号証の二、成立に争いのない乙第六号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、前記三1で認定した治療費のうち、健康保険による給付を受けた部分以外のものは、六四万〇、三一七円と認められる。

3  従つて過失相殺の対象とすべき損害額は、五八二万二、八五六円であり、これに三割の過失相殺をした四〇七万五、九九九円(円未満切捨て)が、被告の負担すべき額である。

五  慰藉料

前記認定の諸事情を考慮すると、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛を慰藉するために相当な額は、二〇〇万円であると認める。

六  損害の填補

1  原告が自動車損害賠償保険から、後遺障害による給付金を含め、計二三二万四、七七六円を受領した事実は、当事者に争いがない。

2  原告の治療費で健康保険から支払われた以外の六四万〇、三一七円のうち、六〇万円について自動車損害賠償責任保険から損害が填補されたことは、当事者間に争いがなく、さらに弁論の全趣旨によれば、右六〇万円も含めて、前記六四万〇、三一七円から一万三、九二〇円を差し引いた額である六二万六、三九七円について、損害が填補されていると認められる。

3  前掲乙第二、三号証の各一、二、同第四号証、同第五号証の一、二、原告及び被告勇各本人尋問の結果を総合すれば、被告勇が、原告の入院中付添つた家政婦の紹介所に対し、入院付添費として、直接二四万八、二六七円を支払つていることが認められる。

七  弁護士費用

原告が本訴の提起および遂行を本件代理人に委任し、相当額の報酬の支払を約したことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の性質、事件の経過、認容額等に鑑みると、被告に賠償を求めうる弁護士費用は、三五万円が相当である。

八  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告両名に対し、各自三二二万六、五五九円及びこのうち弁護士費用を除くその余の二八七万六、五五九円に対する本件事故発生日の翌日である昭和五四年一〇月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、その範囲でこれを認容し、その余の請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原曜彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例